2番手切り

こんにちは、カリーナです。

よく「○○さんはずっと2番手だから、報われて欲しい」とか「○○さんは頑張っているけど劇団からの扱いが悪いから、応援したい」というような意見を見かけるんですけど、それ見るといつも微妙な気分になります。

判官贔屓(立場の弱い者や薄幸の人を応援すること)って、正直どうなんでしょうね…。




報われないジェンヌってどんな人?

「報われて欲しい」と言われているジェンヌさんは結構いると思うんですが、総じて劇団からの扱いが悪すぎる・または運悪くトップになるのを逃した人が言われていると思います。(だからこそ“報われない”と思われてるんでしょうけど)

そしてそういうジェンヌは、実力はほどほどにあるのが必須条件。実力が一切ナシで立場が弱いというのは、ある意味当然のことなので。
でも、真の実力者かどうかまでは問わない気がします。

なので、「それなりに実力があるのに、あまり良い役がもらえない。トップになれなくて可哀想だ。報われて欲しい」と言われている人が、“報われないジェンヌ”“同情されているジェンヌ”ということですね。

同情はジェンヌに失礼

「あの人はどうか報われて欲しい」――そういう気持ちからファンになったり、応援したいという気持ちを持つのは、悪いことではないと思います。「判官贔屓」なんていう言葉があるくらいですから、昔から人間の心に芽生えやすい心情なのでしょう。私にも若干心当たりがあります。

でも、判官贔屓されたジェンヌさん本人は、どう思うでしょうか。ファンクラブの人数が若干増えたとしても、ファンに「どうか報われて欲しいんです」なんて言われたら、「ただの同情?」とショックを受けてしまいそうです。

ファンクラブの人数が増えるのはいいことですけど、複雑な気分になるのは間違いないと思います。(まぁ、ジェンヌさんに直接そんなことを言う人はいないと思いますが…。でも手紙に書く人はいるかも)



同情だけでファンを名乗っちゃってませんか?

ネットを見ていると、やけに大勢のご贔屓さんの名前を羅列して、「私の贔屓には報われて欲しい!」と言っている人を見かけます。

でもそういうのを見ると、「それって、本当の意味でのご贔屓ですか?」って思っちゃいます。
特に、羅列されているジェンヌたちが、全員“それなりに実力があるのに、あまり良い役がもらえない。トップになれなくて可哀想だ。報われて欲しい”に当てはまる人だった時は、非常にモニョモニョとした気分になるのです。

まぁ、報われたジェンヌ・つまりトップスターのほうが圧倒的に人数が少ないのですから、そう感じてしまうのは仕方がないことだと思うのですが。でも、「私の贔屓さんは素敵♡誰が何と言おうと好き♡」ではなく「頑張ってるから応援したいなぁ…」という意味合いの強いことばかり言っている人を見ると、「ああ、これはおそらく判官贔屓だわ」と思ってしまいます。

「頑張って!」と遠くから応援するのは別にいいと思うんですけど、それってご贔屓とはまたちょっと違うような気がするんですよね…。もちろん、その人の実力や魅力に心底惚れているというのなら、何人ご贔屓がいようが応援しようがかまわないのですけれど。

あなたの本当のご贔屓は誰?

「私、ご贔屓がいっぱいいるな~」と思ってる方は、もしかしたら同情心から応援しているだけの可能性があります。それが悪いわけではないし犯罪なわけでもないんですけど、本当のファンから「○○さんを同情だけで応援しないでよ!」と思われてしまうかもしれません…。

心底愛せる贔屓って、そう何人もいないような気がするので、もし10人を超える贔屓がいるという人は、「もしかして判官贔屓かも?」と考え直してみるのもいいかもしれません。

「ご贔屓は○○さん。その他にはこの人達も好きです」というように、明確に区別してあればいいのかなぁ…? 応援すること自体は悪いことじゃないですからね!

そういう管理人はどうなのさ?

管理人は、わりと判官贔屓しやすいハートの持ち主です。でも一番の贔屓は、同情も何もない御曹司の柚香光さんなので許してください。

他人の判官贔屓を見るとモニョるのに、自分の判官贔屓癖はなかなか直らない。困ったものです。

判官贔屓、同情心……逃れるのはなかなか難しいのかもしれません(´・ω・`)
にんげんだもの。かりーな







↓参加中です。「いいね!」と思ったらポチっとな。

にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 宝塚歌劇団へ
にほんブログ村