タカラジェンヌ

こんにちは、カリーナです。

宝塚歌劇団は、大正時代から続く歴史ある劇団です。
当時、宝塚をはじめとした少女歌劇は、女学生たちに大人気でした。

実は私、大正時代が大・大・大好きなんです!
大正ロマンっぽい雰囲気が、何とも言えませんよね。

おまけに、宝塚再開の最初の作品は、花組公演『はいからさんが通る』。
大正時代×宝塚の話をするなら…今でしょっ!


大正時代の宝塚ファンは、一体どんな風に宝塚を楽しんでいたのでしょうか?
というわけで、大正時代の女学生と宝塚について、参考資料を見ながら語ってみようと思います。



※おそらく、これを読んでゐる皆さまはご存知だと思ひますが、大正時代の女學生たちは、上級生をお姉さまと呼んで慕う文化を持つておりましたの。
憧れのお姉さまにお手紙を書いて、靴箱に入れておくのよ。
詳細は「エス 女学生」でググって頂戴ね。




宝塚の男役のポートレートに胸をときめかせた女学生たち

当時の女学生が読んでいた雑誌には、宝塚歌劇団の男役のポートレートが載っていました。
『少女の友』あたりの雑誌名は、聞いたことがあるのではないでしょうか。
そこに、“憧れのお姉さま”的存在である宝塚の男役の写真が、毎月のように掲載されていたのです。

というのも、当時は“男女七歳にして席を同じゅうせず”の時代。
未婚の男女が、仲良く一緒に街を歩くなんて絶対アウト。
もちろん、男の俳優の写真をウットリ見つめるなんてのもアウトでした!

人気スタアのプロマイド写真が人気でしたが、女性が男の俳優に夢中になるのは、不良のすることだと言われていたそうです。

しかし、男役の写真なら問題なし!
だって男役は女性ですもの、いくら見つめても、写真を集めても問題視されません

大正時代って、今とは色んな感覚が違ったんですね…。




熱心な宝塚ファンほど勉強を頑張った!

大正時代が終わって、時代が昭和になっても、宝塚は大人気でした。
昭和9年には東京宝塚劇場もオープンし、宝塚はまさに全盛期!

大好きな宝塚の舞台を観るために、女学生たちは劇場に向かいます。
でも、勉強をサボっていたわけではありません。
特に熱心な宝塚ファンほど、勉強を頑張っていたそうです。

『女學生手帖 大正・昭和 乙女らいふ』から引用しますと――
良い席をとるために明け方から劇場に向かうと、居並ぶファンが皆教科書を読んでいたというエピソードもあります。スター達の心意気に報いて、宝塚に夢中だから成績が下がったなどとは絶対に言われたくなかったのだそうです。
引用元:『女學生手帖 大正・昭和 乙女らいふ』河出書房新社 p.59


確かに、「宝塚なんか観に行ってるから、試験でこんな点数とるのよ。まさかの全丁!」なんて怒られたくないですもんね。
(ちなみに紅緒は、女学校の成績が全丁=オール1でした!成績悪すぎですね。。。)

“スター達の心意気に報いて”というのも、今の宝塚ファンに通じるものがあると思います。

大正~昭和の女学生と宝塚の関係って面白い

大正時代は、未婚の男女が、同じ電車の車両に乗るのもアウトでした。
それを避けるために、女性専用車両が作られるほどだったんです。(途中でなくなったけど…)

そんな時代でしたから、女学生が恋焦がれる対象は、宝塚の男役。
今だと「宝塚の男役って女じゃん!憧れるなんて変だよ」と言われることもありますけど、昔はむしろそれがメジャーだったんです。

今の学校には、エスの文化がありません。
また、男役への憧れは、当時の女学生の気持ちとは結構違うと思います。
でも、どこか共通するような部分はあるんじゃないかなぁ…?
お手紙を書く文化なんて、エスの延長線みたいな感じがしなくもない。

当時の少女歌劇と女学生のことを調べると、面白いことが色々と分かります。
興味のある方は調べてみてください。



おすすめの参考資料はコチラ。


『少女の友』に実際に掲載されたグラビアも載っています。
「お姉さまへのお手紙文例集」的なものもあり、なかなかのカルチャーショック感。
興味のある方はどうぞ。





↓ランキングと云ふものに参加中です。

にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 宝塚歌劇団へ
にほんブログ村




1C790C23-4088-47B6-9686-ACA223890358_2